瀬戸内徒然日記 夏の終わり編

今年は台風の日本通過がとても多かったですね。結構早くから発生接近を繰り返しました。

全くの私見ですが、どうせ直撃するなら、今、数カ国の領有と軍事基地設置で揉めている砂州辺りで、全てを水に流して欲しいと思ったりしてます。

そんなわけで、今年は、否、ここ数年かな!?天気予報もハズレが多く雨も多く、大好きな瀬戸内放浪がメッキリ少なくなってきました。

しかしながら、松山の沖には忽那七島と呼ばれる島々とその他の無人島が数多く点在し、伝説、昔話、怪談等そこここに様々なお話が残っております。

例えば、水軍と言えば殆どの方が「村上水軍」(安土~戦国期)とイメージされるでしょうが、その前の時代は(鎌倉~南北朝時代)「忽那水軍」が香川塩飽諸島~下関界隈までの制海権を持っていたと言う文献もあるのです。当然「忽那水軍」の本拠地は「中島」。

この「忽那水軍」のお話については色々あるのですが、それはこれからの瀬戸内徒然で、いずれまた

さて夏の終わりに向った先は、夏の始めに向かった倉橋島P1080367

やっぱ係留し易いのと、上陸後行ける場所、行きたい場所ってのが航行中の景色と含めて沢山あるのです。そしてまた今回も「三色丼」なる、しらすの丼を食べます。メンバーはいつもの隊員達、その中には過去の芸予要塞上陸編で(愚痴と登頂を諦めた事で)更に名を馳せた隊員も居ます(笑)

P1080371しかし彼も立派なクルー。さっさとロープを取って係留をしてますね。

 

 

 

その彼も頼んだ三色丼。「あれっ~!今回は卵が付いてる!さすが常連になると違いますな~わはははははは!」(彼談)

人間の記憶って曖昧なモノであり、感覚に至ってはその年齢、体調、生活で全く変わったりするわけで、そう宛てになるモノではないようです。

P1080267

←前回の写真

卵付いてます(笑)

 

 

 

その宛てに成らない、でも宛てにしたり、その気持ちを大切にしたい気持ち。そして現実。

これを上手く複合しなくては永く使えるモノは少なくなります。勿論、短期的観測でやる事や目的特化も有りですが、いずれにしてもプロの様々な角度からの検証を、如何に自分の意見として取り入れて行くか!そこだと思います。

そんなプロの一人になりたくて、専門特化と言うよりも幅広く柔らかい頭で、役に立てる事を目指してる自分です。まだまだ頭が固い所もあるのですが、皆さん優しく撫でて頂ければもっと柔らかくなりますので、ひとつ宜しくお願いします。

PS.以前ちょいと比較した松山、堀江の「海の駅」、今夏吸水設備と給電設備(有料)が付いたそうです^^b何故最初からとかの突っ込みは無しで(笑)どんどん良くなれば集客できるでしょうね~。