松山市三津地区内港に隣接する港山にある「港山城跡」。
知ってる人は松山でも半数も居ない、お城跡ではないでしょうか。
授業でもやらんし、まあ確かに興味がなければ知ってる方が少ないのは仕方ないのですが、
いかにも伊予の国らしく海を見渡せる好立地な城です。
かつて河野氏が湯築城に在った頃、その分家が守ってたお城で、九州の大友氏や安芸の毛利氏の侵入を見張り、本家の湯築城とも時に一戦交えた猛城ですね。
麓の三島神社もその頃から在ったそうで、色々な歴史の移り変わりを見たと思います。
ここ数年前にやっと松山市も整備を思い付いたらしく、現在山頂まで何とか歩けるようになっております。(くれぐれも滑り落ちないように気を付けなければなりません、むっちゃ危ないです。)
コロナ過中々出掛け難い状況ですが、是非市内の方は見てみて下さい。人はほぼ来てません。
観光都市を標榜している松山市ですが、温泉と松山城以外の観光ルートが乏しいのが実情です。
なぜ乏しいか!!!!
これは全国的に歴史的に有名かどうかも大きいのですが、
こう言ってしまうと怒られそうですが、、、
一番は地元の「勉強不足」!
実際地域の歴史研究者とかその集まりとか結構いらっしゃるようで、逆にそんな人達からお聞きし、大きな歴史からこぼれた地方の歴史や文化をクローズアップさせるのは大事な事ではないのかなっと。
今は、道後温泉・石手寺・松山城と点になってる観光地を、今後坊ちゃん列車で線にし、その延長で坂の上、子規等の俳人の痕跡巡り、そして昔から続いた港町三津の活性化、途中下車の港山城、ロケ地にもなった梅津寺、終点瀬戸内の島の玄関口高浜、そこからの目と鼻の先興居島(広島の廿日市―宮島よりも断然近い)歴史と文化の忽那七島巡り。
電車に船と乗れ継げば思いっきり旅気分です。
新しいものを創造、製造するのも手立ての一つではあります。
ただ、当初の費用や絶えず創造を繰り返す負担、維持管理が大きくなります。
「在るモノを知り、掘り起こし、知らしめ、加工し、そして使う」
こんな方法もありではないでしょうか?
愛媛エステートは
その不動産に、
何が一番適しているかの有効利用を想定したり、
逆に目標を達成するためにはその
不動産をどうすれば良いかの提案を、
行政、法令、経済、慣習、マインド、
とあらゆる観点から見つめて参ります。