創造する世界、宅地分譲

不動産と言っても色々あります。
農地、雑種地、宅地、中古住宅、新築住宅、分譲マンション、賃貸住宅、倉庫、店舗etc
そんな中で不動産業者が行なう頻度が高いのが宅地分譲、中古住宅販売、新築住宅ではないでしょうか。
そして一目で見て一番判るのが宅地分譲。でも見てもイメージが湧かないのも宅地分譲かも!?
当然売り出ししてもお客様は、物件に立ち入らず、見ながら通り過ぎる率も高いです。
そうなのです、殆どの方は目的の終点が、土地ではなく、建物を建てる事が多い為、土地だけではイメージが湧かないのが当たり前なのかも知れません。

有限会社愛媛エステートの業務は、その宅地分譲の頻度が高い会社です。
何故なのか!?
いや^^;只単に自分が好きなのですが(笑)

元々宅地でない敷地にどの様な区割りをしようか、造成の高さはどうか、道路の取り方はどうか、周囲の擁壁はどうするか、電柱は、ゴミステーションは、家が建てばどんな街並みになるのか、車の出入りは、何より許認可はどうか・・・etc
建物を建てる前の、土地の在り方の創造に全力を注ぎます!

特に全体の工事費、販売価格に影響するのが「販売宅地面積」そして「道路の面積」
当然道路は売れませんし、工事費用も高く付きます。
ここが宅地分譲の「妙」^^b
松山市にも様々な道路の規定があります。進入路の開口部、転回広場、末端広場等その道路幅員や距離に応じて様々です。

基本的に販売する側は経費は安く、売れる面積は広くが当たり前です。そして、その点と許認可、売れる土地になるかならないか、の、せめぎ合いで計画が為されます。

例えば↓こんな区画にした分譲地

道路の許認可や区割り、建築基準法上も何等問題ありません、よく在る分譲形

そして↓斜線部分を道路延長や拡幅した分譲地

敢えての道路延長に、進入口の拡幅です。確かに道路負担はかなり増えます。
しかしその物件の位置、周囲のロケーションや既存の道路状況、現実にソコに家を建てて毎日生活する動線や利便性を考えた時!創造してみて下さい、道路が変わると、ここに建てる家の間取り、配置、日々の使い方の広がり方を!
こんな「敢えて」もやるべきだと「愛媛エステート」の分譲地は考えています。
建物の様に見て触って感じれるモノではない宅地分譲、そこにも「愛媛エステート」は、その見え難い世界を、様々に「想像」し「創造」していってます。(ソウゾウ、ソウゾウと騒々しい 笑)ッテナンデヤネン┌(`Д´)ノ)゚∀゚ )

夏が終わり寂しさからか、仕事の事なんか書いてしまいました。
申し訳ありませんm( __ __ )m (あれ!?笑

そして次回は覆面ライター「Tomo」の第3弾が登場です!
いったいTomoは何をしていたのか!?乞うご期待(笑)

瀬戸内徒然日記 今夏完了編

まだまだ残暑厳しいとは言え、暦の上では9月も半ば、祭囃子も聞こえてくる季節となりました。これからは例年、台風と秋雨前線の南下で雨風が強くなる頃です。
そんなわけで、短かかった瀬戸内徒然も完了となります・・・(泣)
個人的には、毎年これだけが楽しみなのに(TдT) アリガトウ

最終目標は山口県周防大島(屋代島)
ここは橋が架かり本州と陸続きになってます。目標は大島片添ヶ浜、そこにはサンシャインサザンセトホテルってのもあります。

島のキャッチコピーは「星降る島」「何もないけど何かがある島」
一見「ハワイ!?」と見間違う様な椰子の木っぽいのがズラリある海辺のオーシャンビューホテルがサザンセト。
その傍に民宿NAKAOさん、イカシタ関西弁のお母さんは名物(≧∇≦)b

我らが松山市はこの山口県の島とも県境なのです^^b
怒和島と二神島の間を西に走れば次にある大きな島が屋代島です。
この島には柱島泊地で爆沈した、戦艦陸奥記念館もありますので、来年は行ってみたいと思います。
また抜群の「THE.別荘」と呼ぶに相応しい海岸リゾートもあります。この辺りの行政許認可とインフラ整備は、やはり進んでますね。

この周防大島屋代島の南に位置する、松山市最西端の島「由利島」
昭和40年代頃まで有人島でしたが、現在無人島。当然有人島だったので個人の所有者が大勢いらっしゃいます。そんな訳で個人所有ならば交渉もできると言う事で、よくTVのロケに使われる島ですね^^b  かつて電波少年や無人島生活etc
そして来週から放映の「鉄腕ダッシュ」と、
流石に松山から高速なボートでも30分ほど掛かる孤島みたいなもんなので、そうそう邪魔は入らない島ですが、付近は結構鮫が居ますな(^^;)
(マリンジェットで行くと航行区域違反だったと思いますので、行かないように)
まあ放映前のロケ中なので、表向き「ゴミ拾いをしてるので!」なんて言いながら「一般人強制上陸禁止体制」をTV局はとっておりますが(笑)
くれぐれも自然と海を舐めて、映像の為に無理をして、大切な芸能人やスタッフに事故や怪我を起こさないようにして欲しいものです。

そんな由利島
昔は由利千軒と言われ大いに栄えたのが、津波か地震で沈んだとの伝説もあったり(近隣の島や四国にそんな歴史が残ってないので、全く怪しいですが・・・)
イワシ漁が盛んな頃は、二神島等から漁の時期だけの生活で数百人が暮らした事もあったとか。
また戦時中は海軍の監視所があり、当時の船着場跡が残り、避難港にもなる島
そして戦前この沖で、悲しくも、帝国海軍の潜水艦沈没事故等もありました。
(↓この山の上に監視所があったのかな!?)

色々な伝説や出来事が、海と島のエッセンスで更に魅力や悲哀を膨らまします。

美しい海や自然が、少しでも永く生き続けてくれることを祈り、行動しましょう。

瀬戸内徒然日記 目指せ!     「亀が首」後編

準備不足を悔やみつつも亀が首試射場を後にします。
と、先程の東広島の方が呼び戻してます。完全装備のその方達は、建物跡まで藪の中を入り、写真を撮ってきて見せてくれました。建物の外は木々に溶けてますが、中は静寂と空虚な空間となってました。わざわざありがとうございます。
そして船着場を離れます (。・x・)ゝ

ここ倉橋島はかなり大きな島です。

今の大河物語 平清盛 の平氏一族「縁の島」も多数存在してます。
そして我らが愛媛県以外の県では、この海と島の利用や整備が割りと進んでます。
特に「海の駅」桟橋とそれを利用してでも行きたい施設の充実さ。
次の目標は「倉橋 海の駅 桂浜」!
そう!飯なのです(笑)
愛媛県側からだとこの鹿島橋をくぐって行きます。

ここの海の駅は施設が豊富です(`・ω・´)b

http://www.katsuragahama-spa.com/

今の時期のお奨めがコレっ!

「シラス定食」シラス丼に始まりシラス天麩羅、シラス揚げ、シラス汁etc 
全てシラス尽くしです(笑)こんなにシラスばっかり食べたのは初めてです、でも美味ですよ^^b

しかし流石、元々海軍基地の県です。陸を絡ませての海の利用は見事!
箱物だけ作ればじゃありません。ハードとソフト、インフラ整備、そして点だけでなくソコカラの線と面への拡がり!

どっかの市長が廃線航路になった港に待合所作って「海の駅登録しよっか!?」そして「それなら海の駅に来た人が、付近の鉄道乗って市内観光し易いですね~」だって・・・(失笑)
「その場所自体の魅力」が無いと、まずその海の駅に行かない。「付近の交通機関の路線と時間の再編」が無いと、そこから足は伸びない。

ん!?何か自分の仕事に対する心構えを言ってるみたいに・・・

いかんっ!・・・(;´Д`)ウウッ… 大事な事を幾つもおざなりにしてるような・・・
精進精進!!

瀬戸内徒然日記 目指せ!     「亀が首」中編

いよいよ前編の船着場に着岸し上陸です。恐る恐る海の中を覗き込み、何も無いか確認ですが、本州に近い割りに透明度も高く良く底が見えます。
事前調査では兵員食堂、高等官事務所、弾薬庫、兵舎等色々残ってるとの事でした。
事でしたが!!が!!
自然の勢いを舐め過ぎてました・・・

↑えっと・・・この先右が高等官事務所、左が兵員食堂だったそうです・・・
(全く見えませんが)
無謀にも海パン、ラッシュガード、マリンシューズ程度の服装では、
とてもとても(ノД`)シクシク
マムシに毒虫、被れる木々等沢山いそうです。。。

それでも何とか発見したのが、恐らく貯水槽跡でしょう↓

そして、トンネル・・・現代と過去を繋ぐタイムトンネルに見えました。
当時トロッコが轢かれ、弾薬等の運搬に使われていたとか・・・
トンネルの中は水が溜まり、長靴がないと無理です。↓

と、その時!トンネルの中から、人の声!そして人が!
お互い正に驚愕ですヽ(ヽ゚ロ゚)ヒイィィィ!!*ヒイィィィ!!(゚ロ゚ノ)ノ
ビックリしながらも、その方々とお話をすると、東広島から何度目かのご訪問だそうです。
映画と大和ミュージアムができた頃は、ここも地元の方が草を刈り、観覧ができたそうですが、その後放置されてしまったそうです。

そしてまた建物も、ここの歴史とともに木々に飲み込まれていっています。
戦後67年・・・我々ですら殆ど何も知りません。
でも当時、アジアの小国ながらも、世界に冠たる「日本」がそこにあったのです。
                                ー続くー

瀬戸内徒然日記 目指せ!     「亀が首」前編

 広島県の南、呉市南東沖に浮かぶ倉橋島。その一番東側に、うねり曲がった細長い半島が海へと続いております。その形から、ついた名前が「亀が首」!。
 険しい岩山が海へ向かってうねりながら続き、しっかりした道も無いため、半島の先端部、亀の首やその先の頭の部分へ、陸上から近づくことは中々容易ではありません。その秘境性ゆえ、戦前は、軍事機密の秘匿性を必要とする兵器の開発や、訓練が行われた場所であります。そして、その秘匿性ゆえ、当時極秘に建造された戦艦大和の大砲の試射などが行われた「亀が首大砲試射場」という海軍の基地があったのです。そして終戦後67年たった現在も、それらの廃墟が残っているそうです。

と、言うわけで旧来からの探索目標の一つ、
海をゆく者だけが到達を許される、「亀のアタマ」を目指して!
母港から2艇1機(総員12名)で出撃です。
高速艇ばかりで波も穏やかだったので割と早く40分くらいで到着と相成りました。
↓緑の甲羅に、右方にもたげた先っぽが頭にも見えるかな!?

↓それとも上から見た地形でも亀の頭に見えるような気も!?

上記の写真の、真ん中のやや左側(樹木が薄く山が低い所)、地図で見ると試射場と書いている点から、四国方面に大砲の試射をしていたようです。

そして「亀が首」を回り込み、いよいよ!当時の船着場です。

戦時中の秘匿基地「海軍・亀が首大砲試射場」 いざ!上陸です。 (。・x・)ゝ
                                  ー続くー